理解に誤解、/私に必要なこと ( 闘病記 )

今日は酷く過眠状態となった

もうこんな時間だ…

夜まで、ずっと夢を見てた、長く怖い夢だった、私にとっては。

普通の夢なんだ、

でも夢の中でずっとドキドキしていた。

前に住んでいた家で、亡くなった祖父や祖母も一緒に過ごしていて

親戚の声も聞こえて、みんな行ったり来たりしている。

(実際には声が聞こえる状態、目にはしてない、祖母と祖父だけ見えている)

私は、祖母と祖父が行き来していてるその先に、部屋に繋がる階段があり、

その階段を下から眺めている。

階段の上は真っ暗に包まれており、聞こえる人の声、音や動きは明るいのに

自身の感じている心は暗く、景色は真っ暗で、階段の上は闇の中、先が見えない。

『見つからないだろうか』『怒られないだろうか』

どう言葉にしたらいいか分からないが

そのような気持ちを持ち、ドキドキしながら

階段の上をずっと眺めている。

目覚めても恐怖心は残っており、動悸がしていた。

多分前記事に書いたモノが影響しているのだろう

先生などから言われたわけじゃない、決まったわけでもない

そもそも、『そういう傾向がある』という言葉だ

動揺しすぎだ…

…その動揺や過敏性も、これと判断されるのなら

どうでもいい、

自分は自分だ

そもそも何に動揺するのか、何に対して過敏で繊細に心が動くのか

そこが、大事。

カウンセリングの先生が先週の診察日また数日間お休み中であったため

改めて予約の電話をした。

診察や自分の事、出来事や、最近の体調など聞いてくれ、話した。

先生は、私のカウンセリングを、何か考えている様子だった。

どうやって進めていくか、模索、という印象。

一時電話は保留になり、

多分他の先生と相談したり、今までの経過を見ていたのかな…

色々試行錯誤してもらえるのは、ありがたいと思う。

一緒に考えてもらえるのは、本当にありがたいと思う。

私にとっては、それだけでカウンセリング効果がある、と感じている。

例え相手が仕事で義務であっても、私は一人ではもう疲れているのを感じる、

自分の判断能力が正しいかも、疑問なところがある。

客観視するには、一人でするにはあまりに難しいことだった。

自分だって、家にいる人が一番様子を知っていることなんて分かっている。

そして病院2人の担当の先生、保健師の先生も、知りたいことだろう。

でも、現実難しいことだってある、『理解』というのは、本当に。

どこまでが『理解』で『誤解』なのか、それは誰にも分からない。

私にも分からない。

『理解』の深さ、浅さを、考える必要なんて、疲れるだけではと感じる。

それなら、他人で第三者であるけれど、ある程度の『理解』を得られ

尚且つ『知識』もある、プロの人に、私は道を照らしてもらう。

客観視もあり、自分軸も、他人だからこそ、得られるような気もする。

支えてほしいんだ

家族は私を知っているけれど、私には、その中の私、立ち位置がある。

家族間、7人家族、いつの間にか立場や役割というのは

出来上がってしまうものなんだ。

何年か前にテレビに出ていた、大家族であり、タレントであった女の子、

自殺してしまった女の子を覚えているかな。

私よりも、大家族だった。

生まれた時から人間関係が出来上がる、それは普通の家族でも同じだけれど

大家族というのは、それぞれの負担があり、上も下も別の意味合いで支え合っている。同時に揉め事もすぐに起こる。みんなが同じように思い合っていても、すれ違うんだ。

アリと同じ、誰かがやれば、誰かはやらない。

でも人間は、それをうまく利用する人だって、いるもんなんだ。

私も含めて。

でも、やる方の人間も、愚かであるんだよ。

やらない誰かを待ったり、信用できるまで、我慢ができないんだ

それで潰れてしまうんだ。

私も含めて。

でも実際、皆んなが一斉にやる必要なんてのも、そんなに意味必要はないんだ。

逆に一斉に同じ事をするのも、問題が起きる。

思い遣りが、仇になってしまうことも、多いんだよ

揉め事さえ起こらなければ、すれ違うことがなければいいのに。

…そうならないように、立場や役割が、できあがっていく

双子において、私は一卵性双生児、

『似てる』と言われるのに、『比較』は起こる

似てるからこそ、比べることが普通になってくるのか、

…でも、『こっちの方が』と、褒められると、特別嬉しく感じたりして

その逆は、特別、悲しくて。

『双子』を思うと、希望でありながら、真逆なんだ

葛藤なんだよ

それはもう一人も、同じであるだろう。

多分だけど。

劣等感、罪悪感、後ろめたさ、は感じているだろう。

言動から感じられる。

とにかく

病院は、私には必要な場所なんだ

家族のためにも

今後のカウンセリングについては、

すぐに50分カウンセリングを次回予約という形をとるのでなく、

まずは、次の診察前に時間を取り、

どう進めていくかの相談をしましょう、

ということになった。

その時間は先生の帰宅時間でもあったように思うが

時間をとってくれたのだろうと思う。

有り難いです…

久々に病院に来た時も、

今後どう進めていくかの相談をしてから、カウンセリングを始めたな。

テストも色々して、色んな話をし、聞いてもらい

言えない辛いことはもう双子にも家族にも言わず、病院で言います、と伝えたな…。

診察の主治医の先生が、午前から午後担当になったり

主治医の先生とカウンセリングの先生と、

同時に会う事が無くなってしまっていたんだけど。

次の診察日は、大事な日だな。。。

ーーー

ネットを見たり、色々ブログを見ていると、色々考えさせられたり

自分に影響があるモノも多いように、とても思う、気をつけたい。

色んな病院、先生がいるのだろうと思うけど

そしてこの先生が担当だったら、と思う人もいるのだろうけど

今の主治医、目の前の人を信頼しないで、良い結果は、得られるだろうか。

患者もそれなりの対応を見せるべきだ。

心は生憎見えないんだ。生活も。推測はできても。

腕の良い医師は患者が作り出しているとも、言えるんじゃないか?

気持ちに余裕がなくて、

相手や周り、何かを責めたり、求めたり、してしまうモノだけど、

そうじゃないんだ

自覚なくとも

自分自身を、自分で追い込んでいるから、余裕がないんだ、

皆んな一生懸命だ…。

相手を選ぶ自由はあるけれど、

責めたり、求めたりした結果が

自分の思惑と違っても、それは、自分が選んだ結果なんだ

悲しいけれど

何かあれば、まずは自分に問うべき…それが近道であったりする…

とも、感じてる

家族に対しては?

と、感じさせる内容かな…

家族は、大事な存在だよ。痛いほど。

そして、個人、相手を『尊重』をしている。

という感じかもしれない。

私は自分一人のために、病院に通っているんじゃないんだ。